「『何がおもしろいかわからないけど見てしまう』は最高の褒め言葉」 押山清高監督インタビュー 難解な題材への挑戦 手探りの初監督作品 ——まず始めに本作に携わることになった経緯から教えてください。 押山:最初のきっかけは、3Hzの現代表取締役である松家(雄一郎)さんと、今回デスクをやってくれている久保(秀彰)さんとの出会いですね。お2人がキネマシトラスにおられたとき「一緒に仕事しよう」と言っていただいた企画があってそれは結局実現しなかったのですが、その後2人がキネマシトラスを辞めて3Hzを立ち上げるとき(2013年3月頃)にも「3Hzで何か一緒にやりたいね」という話をしていたんです。3Hzには「オリジナル作品を作りたい」という会社のテーマがあり、僕もオリジナルをやってみたかったので、本作の企画が動き出しました。 具体的に動き出したのは2013年の夏くらいかな? 僕と松家さん、久保さん、永谷(敬之)さん、岡田(邦彦)さんといったメンバーで合宿を行ったのですがその時には「穴をくぐって別世界で冒険する」といったテーマ的な事柄はほぼ決まっていました。 ——「穴に入って異世界へ」という案はどなたの提案ですか? 押山:僕に監督の話が来たときには「スペースオペラ」、「主人公は女の子2人」ということまでは決まっていて、「戦艦がドンパチしたり、異星人が出て来るといったものではない、ほかの人がやっていないようなスペースオペラをやれないか?」というところから、出てきた僕のアイディアです。 ——当初のスペースオペラから、ピュアイリュージョンを巡るロードムービー的な話に変わったのはいつ頃ですか? 押山:穴のアイディアが採用された時点からです。企画の初期段階に「あまりストレスを感じる展開にすると視聴者がついて来ない」という話をうかがっていたんですね。それで、劇中で何かアクシデントが起きたら、その回のうちに解決させてあげないと視聴者の意欲が続かないのかなと。前半は、なるべく各回ハッピーエンドっぽく収めて、最後にCパートで引きを作って次回へバトンタッチしていく方式にしようという話は初期段階からしていましたね。 ——バトルやアクションの描写にも力を入れられていますよね? 押山:それは、僕が無名ゆえに数ある作品の中で少しでも目立つ作品にしたかったからです(笑)。僕はアニメーターとしてのキャリアがほとんどで、演出家としてはほぼ素人なのでアニメーションで勝負できないと、ほかの作品に埋もれてしまうかも」と思っていた節もあります。ただ僕個人は「『フリフラ』をアクションアニメにしたい」という思いはまったくありませんでした。プロデューサーサイドから「女の子が変身する」とか「大きい武器を使う」、「2話に1回は変身する」といった要素を入れてほしいという提案があって、それを作中に取り入れた結果アクション要素も強い作品になりました。幸い僕はアクションの作画が比較的得意なほうで、うまいアニメーターが尻込みしないくらいの含みのあるコンテを意識して描きました。アクションシーンはアニメーションのダイナミズムを表現するうえで画面映えがいいんですよ。せっかく異世界へ行ってるのに、ほとんど動かないのももったいないですし。結果として、派手なアクションを入れることで作品の振れ幅も広がって、本作を形作る大事な構成要素のひとつになってくれたかなと思います。 ——OPから派手に動いていますよね。 押山:「派手にも動く作品ですよ」と匂わせています。でも、僕の中ではOPも本編もそんなに動いているとは思ってないんです(笑)"なので、みなさんが「動いてる」と褒めてくださるのでありがたいなと。僕の過去作品と比較すれば、それほど動いているほうではないですし、僕を知るアニメーターの友人たちは「押山君、第1話なのに全然動かしてないね」と思ってるんじゃないですかね(笑)。 不可思議な世界の構築 映像にこめたメッセージ ——アクションよりもピュアイリユジョンとそれに関する出来事に力を入れているわけですね。 押山:そうですね。人間の思考や視点の多面性を軸に物語のバリエーションをつけたら、おもしろみを感じる人は多いんじゃないかと反面、ピュアイリュージョンでやれることが多すぎて難しい。テマとしても商業的にリスクが大きく難しいこともわかっていましたが「でもまだ若いし、監督として失敗してもアニメ!ターで食っていけるし」という気持ちで(笑)、あえて難しいテーマに足を踏み入れました。今のところなんとかなっているので、「最初に尻ごみしなくて良かったな」と思っています。全13話の中でピュアイリュージョンを描ききれているとは思つていませんが(笑)。 ——本作の映像には多くのパロディやメタファーが盛りこまれていますが、監督自身はこうした題材に詳しいのですか? 押山:自分の好きなネタを仕込んだだけで、多方面に詳しいわけではないです。映像面で仕込まれているものはほとんど僕が犯人です(笑)"基本的にはこれらのネタに気づかなくても物語を理解できるように作ってもらっていて、画面作りの演出という点で「情報を補完できる要素を付け足したい」というのが理由のひとつです。あとは、この作品は錯覚がテーマのひとつなので、錯視の部分で「絵作りでできることは何か」を追求することが僕個人のテーマのひとつでもあった。あとは単純にこういう題材がもともと好きだったということもあります。以前、環世界(※すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きており、その主体として行動しているという考え)とか生物の行動学、分析心理学などに関して、動物行動学者の日高敏隆さんのわかりやすく書かれた書籍を読んだことがあるくらいですけどね。心理学と神話や民話を関連づけて語られている河合隼雄さんという有名な心理学者の方がいらして、その方の著書もヒントになりました。本作のピュアイリュージョンが環世界に近しいものであり、生物に内在する世界の多面性がテーマのひとつでもあるので、心理学と関連づけたら相性がいいだろうと。そのあたりはいろいろ思いつくネタを含ませてもらった感じですね。じつは『スペース☆ダンディ」の第18話(押山監督が脚金絵コンテ·演出·作画監督を担当した)でもそういう要素が多分に含まれているのですが、誰も気づかない(笑)。 各話それぞれのピュアイリュージョンについて、劇中では誰の世界かまでは言及していませんが、見ていただいたうえで「これはあのキャラの世界か?」と想像していただけたら狙いどおりという感じですね。もちろん作る側としては、ある程度決めているのですが、それをあまり明確にはしたくない。推理のヒントになり得るものは映像に混ぜこんでいるので、いかようにも読み解いていただければと思います。ただ,最近は「なるべくストレスを感じないように楽しみたい」「仕事で疲れて帰ってきてぼんやりとテレビを見たい」という方も多いと思うので、女子中学生同士の物語としてふんわりと楽しんでいただけるよう、ストーリーよりもキャラクターを魅力的に描くことに重点を置いたり、百合要素を盛りこんだりしています。気楽に見たい方、考察をされたい方、どういう楽しみ方をされてもいいと思っています。ですから、twitterを拝見していて「何がおもしろいかわからないけど見てしまう」とか「何に引きこまれているのかわからない」という感想は、とてもうれしいですね。 ——映像面といえば、tanuさんの起用について教えてください。 押山:tanuさんの起用に関してはプロデューサーサイドの推薦だったのですがコンセプトアートをお願いしたのは僕です。最初は「キャラクターデザインでどうか?」という話だったのですが、そこは現場側でコントロールしたい部分だったので、それよりは世界全体のビジュアルイメージを考えていただける方がいると非常に心強いので、お願いしたところ、「自分もそのほうがいいです」とおしゃってくださいました。また、既出作品と似通ったものにしたくなかったというのもあります。とあるオリジナルアニメ作品は、キャラクター原案がtanuさんで、ほかのスタッフも結構本作とかぶっていますからね(笑)。 ——コンセプトアートとは具体的にどのようなお仕事なのですか? 押山:始めのうちは脚本と同時並行で、ピュアイリュージョン世界に関して「何かイメージイラストを描いてください」とお願いする感じだったのですが、後半は脚本が上がってから、松家さんと「このへんをtanuさんにお願いしよう」と話しあってtanuさんを交えて打ち合わせするという感じでした。キャラクターに関しては、概観的なところでtanuさんからアイディアをもらうこともあるのですが、基本的には「作中でこういう場所が登場するから何かアイディアをください」という感じでしたね。僕のイメージを伝えて、早い段階でビジュアル化してもらいそのまま行けそうなものは美術さんに渡してボードに仕上げてもらう。雰囲気を説明できる材料のひとつとして使わせていただきました。 ——作業をお願いするにあたり、キャラや世界の設定についてtanuさんにも説明したのですか? 押山:それは物によって説明の仕方を変えていました。基本的には詳しく説明してしまうと僕のイメージと変わらないものができてしまうと思ったので、細かい設定部分は曖昧なままでお願いしました。あと時間が無くなってきてからは僕も具体的にイメージがまとまっていなくて、tanuさんに説明しながら自身のイメージを作っていったという感じです。tanuさんからは僕にない感性をたくさんいただけて助かりました。 遊び心とこだわり 自由な立場での取捨選択 ——本作のビジュアルを作っていくうえで苦労したことはありますか? 押山:それはやはりオリジナルアニメですからね。ベースになるものが何も無くてスタッフもなかなかそろえられない状況が続いたものですから、自分自身でやらなければならない作業量が本当に多かった。ほかの作品に比べて作業時間を確保してはいただいたのですが、それでもやはり足りなかった。でもやれるだけのことはやったつもりです。 良かったことでいえば、監督だからこそ、躊躇なくいろんなネタを混ぜこめたというのはありますね。これが別の立場だったら、いろいろアイディアがあっても「作品に合うのだろうか?」とか「監督はどう思うか?」という考えが先に来て、やりにくいじゃないですか。そのあたり、監督なら絵コンテ以降は勝手に決めても許される部分があって、豊富なネタを仕こめました。わがままにできる部分が無かったら、もっと薄っぺらい画面になったと思います。 ——第7話で脚本を担当されていますが、全体的なストーリーに関しても監督の手が入っているのでしょうか? 押山:そうですね。作品のコンセプトが決まった時点で、綾奈ゆにこさんに入っていただき共同で構成を組み立てていきました。後半、ハヤシ(ナオキ)さんに脚本をお願いする段階では、もうやるべきことはすべて決まっていたので、それを脚本という体裁に整えていただいた感じですね。スケジュールが切迫していたのでハヤシさんがいて本当に助かったんです。物語の前半についても、各回でやるべきことは僕のほうで決めた中で、各脚本の方々に好きな要素を足していただいたという感じです。綾奈さんには得意な百合要素を作品の中に取り入れてもらいました。今の視聴者がとっつきやすい要素としてとても重要だったと思います。 ——監督ご自身は「百合」に対してこだわりはお持ちですか? 押山:僕はそのあたりは疎いですね。ただ綾奈さんからお話をうかがうなかで「やってはいけないこと」や「踏み越えてはいけない」ことのラインは、なんとなくつかめた気がします。と言いつつ第7話では多少ルール破りをしたかな。いろんな人格のパピカが登場する回で、男の子っぽいパピカが出て来るんですよね。百合的な観点でいうと「ココナに対して同世代の男の子をあまり絡ませたくないんだろうな」ということはわかっていたので、僕の中ではパピトやパピヤも女の子という体でやっていたのですが、小島景忠くんは男の子にしたかったみたいで(笑)、わりと男性のフォルムになっている部分があります。パピヲにしても、僕の最初のスケッチだと胸にサラシを巻いていて、「あくまで女性です」という感じにしていたんです。あと第8話でもオッチャンという同世代の男の子が出てきますが、彼もサイズを小さくすることによってココナたちと同じ目線にならないようにしました。 ——もっとも監督の色が出ている回はどこだと思いますか? 押山:全体に渡って出ていると思いますよ。外部の方に絵コンテをお願いしてはいるのですが、作品のテーマが強いぶんお願いする段階でかなりビジュアルが決まっていることが多いんです。ですから僕の成分という意味では、すべての回において濃いと思います。もちろん各回の演出さんのアイディアも盛りこまれていますけれど。第3話の『北斗の拳」や『ドラゴンボール』っぽいパロディ成分を入れたのは、たいてい僕です(笑)。絵コンテを担当した方にもパロディネタを入れていただきましたけれど、僕の世代に通じるネタは僕が絵コンテの段階で入れたものですね。第8話のロボットもそうです。企画がスタートしたときから「ロボット回を入れてほしい」という要望があり、カロリーを考えると実現できるかどうかは直前までわからなかったし、やるにしてもどの系統のロボをやるかは決まっていなかった。それこそ「大張(正己)さん系のメカをやりたい」なんて話もあったのですが、それはスタッフがそろっていなければ映像に落としこめず、ただの空回りに終わってしまう。なので確保できるスタッフに応じて、内容を決めたところもあります。幸い第8話を演出した榎戸(駿)さんは力のある若手なので、「カッコよく決めてくれるだろう」という信頼もあり、おそらくアニメ業界ではノーマークだろうと思い、『超新星フラッシュマン』風のロボを動かしてもらいました。 ——ちなみに『フラッシュマン』は好きだったのですか? 押山:子供の頃、ずっと落書きしてましたね。僕の中の戦隊シリーズの始まりが『フラッシュマン』か、そのひとつ前くらいなんです。ですから根っこの部分の記憶としてロボットのイメージがあってフラッシュキングがバラバラにされるシーンが脳裏に焼きついています(笑)。あとグレートタイタンの箱みたいなシルエットがすごいインパクトで、それをここで出せないかなと。脚本段階では、そんなのまったく登場しなかったのですが、絵コンテの段階でいろいろ足させてもらいました。じつは挿入歌も、当初は3回流れる予定だったのですが、さすがに多すぎるかなと思って。「せっかくの挿入歌、こんなことなら3番まで発注しておくんだった……」と思ってもあとの祭りで、直前で1か所削ることに(笑)。 ——第5話で声優としても出演されていますね? 押山:本作は錯覚がテーマのひとつなのですが、女学生の声にはそのうちの錯聴を取り入れたという思いがありました。始め音声だけ聞いても何を言っているのかわからない音でも、何を言っているのか教えてもらった途端そう聞こえるという錯聴を使うことにしました。最初を趣味で所有していた口琴を使えばその変な感じがだせると思い、実際にキャストさんたちが見てる前で心臓バクバクで収録したのですがどうにもおもしろくなりすぎてて効果さんに加工してもらおうかなと思っていました。しかし、その後『フリフラ』の制作が進む段階で、これも趣味でたまたまディジュリドゥ(金管楽器)の循環呼吸(呼吸している間も常に息をはき続ける奏法)を練習していて、これ使えるじゃんとなった(笑)。後半の回のアフレコのあとに再度収録させてもらい今の形になったという感じです。 ——本作で、とくにお気に入りのキャラクターは誰ですか? 押山:どのキャラにも思い入れはあるのですが、強いていえばパピカとヤヤカですかね。ヤヤカは人間味が強いうえ不遇だったり(笑)、自分を見ているような痛々しさがあり思い入れが強いです。一方、パピカはある種の理想像です。無垢な素晴らしさというんでしょうか? 純粋さや純朴さ、ピュアな部分を持ち合わせている少女っていいなと。大人になってもそういう純粋な心を忘れないようにしたい、そういう部分に価値を置きたい自分がいるので、彼女のそういうところに憧れます。あとはサバイバル能力が高いので、いつでも冒険に出られますよね。現代人の我々が失っている、もともと動物として持っている大切な何かをいまだに持っている、そんなキャラです。まあ1度記憶が飛んでいるぶん、外見年齢より記憶が短いので、ちょっと言葉が足りなかったり、性格的に幼い部分があるわけなのですが。事故の影響を受ける前も大して変わってないのでわかりづらいかもしれませんが(笑)、決してバカな子ではありません。 ——最後に最終話を心待ちにしている視聴者の方々にひと言お願いします。 押山:本作は、ハマる人にはとても深くハマっていただけますが、そうでない方には「よくわからない」と、とらえられやすい作品かと思います。いろいろ深いところまで知ろうとするとエネルギーが必要になるので、そういう意味では「意識高い系」といわれるジャンルに配されてしまう。でも、まだご覧いただけていない方や途中で断念されてしまった方々も、第1話や第2話のあたりで「見にくいアニメなのかなぁ」と挫けず、続けて見ていただけたら「これはこれでありかもしれない」と思っていただけるはずです。冬休み期間中にでも、ぜひ『フリフラ」に時間を割いていただければと思います。